生まれ変わっても養護教諭に

I want to be a yogo teacher(School Health nurse) even if I am reborn.

7月29日(月)山口県養護教諭研修会の講師をつとめるため、山口県入りしました。

We are in Yamaguchi Prefecture.
We will give a lecture here tomorrow.(skill ladder)

山口県養護教諭会の役員の皆さんと午前中の講師である大久保貴世先生(一般財団法人インターネット協会)との会食会です。

「生まれ変わっても養護教諭になりたい」という言葉を伺い、

役員の皆さんの情熱とチームワークの良さを感じました!

まさしく達人養護教諭!!! そんな皆さんに囲まれ、楽しく有意義な時間でした。

スウェーデンからの時差の疲れも吹き飛び、元気をいただきました。

ありがとうございました。(ジャニーズの話でも盛り上がりました。おそるべしジャニーズ!)

 

 

 

 



神材

保健師の達人

第7回公衆衛生看護学会の企画委員会では、保健師の達人の方々とご一緒させていただきました。

その仕事ぶりは、とてもきめ細やかで、そして行動力がある方々ばかりでした。企画委員会では、企画が持ち上がると、「私がやります!」とすぐに決まるのです。ありがちな会議の、下を向いて、気配を消している人(発言して自分に仕事が回ってくるのを避けたいという雰囲気)は皆無でした。

ある達人保健師さんからは、

「うば桜」の会という管理期保健師の自主勉強会を開催しているとききました。その情熱、パワーを感じ、エネルギーをいただきました。「うば桜」というネーミングが、クスっとしてしまいますが、少し話を聞いただけでも「保健師魂」に惹き込まれます。

「人在」:そこにいるだけの人

「人材」:素材となり得る人

「人財」:存在が財産である人

「人罪」:いることで妨げが出る人 という話を聞いて、すぐに私はメモしました!

こんなことを教えてくれる上司、欲しくなりました。

私が考えたのは「神材」←教えてくれた達人保健師さんのこと。

保健師さんに、あんなこと、こんなこと、また会って聞いてみたいです。ああしてみたら、こうしてみたら、これダメだよ、これいいね。きっと神のように導いてくれる。でも導かれるだけではダメなんで、自立できるように育ててくれる、人材育成。

学校にいる間よりもずっと長く生まれてから、死ぬまで暮らす地域を見ている保健師さん、学校保健へのヒントもいっぱい持っていると感じます。

またお話し聞かせてください。

このような縁をいただいた山口での出逢いに感謝。

 

 



おねえちゃんとバナナタルト

岡田加奈子先生のご逝去から1年、縁あって、岡田先生の妹さんのご自宅に行ってきました。

想い出の会から9ヶ月たち、悲しみの先にあるものを求めながら歩いてきました。

妹さんからは、「おねえちゃんのプライベートの話」、私たちからは「岡田先生の教育・研究者としての話」、涙あり、笑いありの時間を共有させていただきました。

写真は、修了生の結婚式で祝辞を述べる岡田先生。妹さんも私たちも共通点、岡田先生は「カッコいい」。

「おねえちゃん」が持っていたものを片付けるのではなく、「使って欲しい」、そういった気持ちから自宅に訪問される方々に岡田先生ゆかりのものをもらってもらっているそうです。「物」ではなくて、「想い」を分けてくれているのだと私は思います。私もいただいてきました。

私にもおねえちゃんがいます。1つ違いのおねえちゃんです。外ではもちろん「姉が、〇〇」というように話しますが、二人きりで私から話しかける時は、何歳になっても「おねえちゃん」と言ってしまいます。小さい頃は、女子プロレスのようだとケンカばかり、特に思春期の頃は口も聞かなかった。大人になってみると、私の一番の理解者です。家族には、晴れの日も、雨の日もありますよね。でもおねえちゃんはいつだって、日よけになり、雨よけになり、妹を守ってくれる存在です。1つ歳が違うだけで、お姉ちゃんと私のポジションは一生変わらないのだと最近思います。

妹さんのお話から、仲が良い姉妹だったこと、おねえちゃんを失うことは本当に大きなことで、私の想像を絶するような深い哀しみだということを感じました。

私にとって、岡田加奈子先生は、「大学人」であったけれど、妹さんにとっての「おねえちゃん」だった話を聞けたことは、岡田先生の人生に触れたように思えました。写真にあるバナナタルト、岡田先生が最後に口にした固形物だったそうです。

そのバナナタルトを、岡田先生にゆかりがある人が来た時に、食べてもらいたいと思い、作っておもてなししてくださる妹さん。どんな気持ちで台所に立ちながらバナナタルトを作ったのか、想いを馳せるしか、私にはできません。

私は病院勤務や祖母の介護の経験から「死」は「幸せ」と対であるという思いに至っています。「死」に関する本は読み漁りました。

「おねえちゃんだったらどう考える?」「岡田先生だったらどう考える?」

妹さんはこの1年、何か壁にぶつかったとき、「お姉ちゃんだったらどう考える?」と自問していたそうです。そして、私たちにも何かあったとき「岡田先生だったらどう考える?」と考えて欲しいとおっしゃいました。私は、これこそ岡田先生が残した財産だと思います。

岡田先生はもうこの世にはいない。でも私たちは考えることができる。「岡田先生ならなんて言うだろう。」そして、岡田先生が結びつけてくれた仲間たちに「岡田先生ならこう言いそう。」と言って、縁を広げ、知恵を創出させてくれると思うのです。岡田先生の代わりはいません。悲しみは癒えない。まだ涙が出てしまう。でも岡田先生が残してくれた仲間を大事にして、さらに縁を広げて、前向きに進んでいこう。それが岡田先生の望みだろうから。

妹さん、誘ってくれた岡田研究室の養護教諭のみなさん、ありがとうございました。

色々な人との出会いが自分を導いてくれます。

 

 

 

 

 



保健室の深化・神化・進化系

Retirement yogo teacher started consultation on child, family, life.

さてクイズです。

この写真の中で、地域で保健室及び若者の居場所作りを行なっている人は何人いるでしょう。

答え 3人です。

凄すぎませんか!!!! 3人とも退職後、保健室を深化させた場所を作っています。

しかも、ボランティア。

・左から後ろ2番目は、フリースペース十色(といろ)三村慶子さん 

・左から前2番目は、うごく保健室 吉田アイ子さん  

・右から2番目は 川中島の保健室 白澤章子さん

 

3人とも退職後、養護教諭の経験を生かし、地域で子どもや家族に寄り添いたいと”町の保健室”を開設しています。

写真には写っていませんが、もう一人 飯綱町で 町の保健室 羽田澄子さん

ということで、合計4箇所、地域に保健室があるのです!

白澤さんが長野県では第1号ですが、2号、3号、4号と続いているとは、、、。

白澤さんの野望は、「交番と同じ数ぐらい地域の中に保健室があったらいい」です。

 

左1番目は、有間梨絵さん 東京大学 教育学研究科 学校教育高度化専攻 教職開発コース 博士課程 

「養護教諭の実践史研究」〜性と健康の成立の変容〜を研究しています。

そして一番右が中村SLIPER会長です。

 

実は、白澤さんが実行委員長を務める夏期セミナーのお手伝いに行って来たのです。

会場に着くと、まずは有間さんを紹介され、初対面です。有間さん、働き者です。この働き、気遣いぶりから「養護教諭の実践史研究」完成は間違いありません。

そして、宿泊先では、三村さん、吉田さん、有間さんと4人で同じ部屋へ。

夏期セミナーの実行委員のみなさんと知り合い、達人の技に色々触れることができました。

中村会長が”川中島の保健室のHPを作っている人”とわかると、「私も作りたい!」との申し出があり、ハイか、Yesか、喜んで、で引き受けました。達人は実行力が半端ない。そして本人はそれを自覚していないというのが共通点ですね(笑)

あと、”天然”です。お互いに”天然だよね”と言い合っていますが、またもや本人には自覚がない。

 

まずは、川中島の保健室のHPに仮住まいをし、発信していくことになりました。

中村会長、お手伝いできて喜んでいます。

長野県の皆さんの仲間に入れてもらい、本の販売をお手伝い。長野サークルの皆さんの30年の足跡です。

性教育というと「性」と考えがちですが、性を学ぶことは”生きる”ことなんだと再認識できました。

”すべての人に性の学びを”購入の連絡先は→こちら

 

おまけ

長野ではセブンイレブンでおやきが売っていました。静岡には売ってませんというと、長野県の方は驚いていました。

 

(中村会長)

 

 

 



悲しみの先にあるもの

「岡田加奈子先生との想い出の会」に行ってきました。

岡田先生が平成29年12月10日にご逝去され、3月31日は在りし日の想い出を振り返る会でした。

岡田先生が闘病中から、想い出の会を希望され、弔辞を読んでもらう人を言い残していたと聞き、早い旅立ちにご本人が無念ながらも、立派に向き合っていたことを聞き、悲しみで胸がいっぱいになりました。

私(中村会長)は、岡田先生と縁あって、ゼミ合宿に毎年のように参加していました。

その縁とは、私が参加した初めての国際学会(メルボルン・15年程前)で岡田先生と出会い、その時、私のポスターのところに岡田先生がやって来たのです。そして、私は、自分のポスターの内容について意見を求めたのです。その時が初対面でした。岡田先生は当時、雑誌への連載や講演で活躍されていて、養護教諭界で知らない人がいたらモグリというような存在だったと思います。私は、自分のポスター、ひいては自分の実践を良くしたいと思っていましたから、アドバイスを求めました。

そうしたら、バッサリでした。まず、研究のお作法がなってないと言われたのです。そこで私は、では、それはどこで学べるのですかと聞き、岡田研究室が主催する実践研究会で学べると教えてもらいました。早速、参加しました。

そこから、岡田研究室のゼミ合宿にも誘ってもらうようになり、ゼミ合宿にも毎年参加するようになったのです。

そのような縁で、想い出の会では、修了生のところに名前が掲載されていて、岡田先生、そして研究室のみなさんに可愛がってもらっていたと痛感しました。

「研究」が特別なものでなく、日常の中に研究の視点を持って、研究を日常化するように言われたことを覚えています。この悲しみを乗り越えて岡田加奈子先生からの教えを形にして行きたいと思います。

桜がとても綺麗で、桜の佇まいと岡田先生の軌跡が重なりました。

 

 



不登校の相談が多い

The retired Yogo teacher(school health nurse) made a  health office at home.She started nine years ago. 

That user, on average, 27 people a month. Users are children, up to 70 years old. Consultation is free. One consultation is two hours.

中村会長が行くシリーズ。

他のスリッパメンバーも行ったことがある川中島の保健室ですが、私(中村会長)は、なんと4回目の訪問です。

いい意味で変わらない場所、それが川中島の保健室です。

白澤さんの自宅にあります。

玄関から中に入りますと、

訪れる方の作品もあります。

やっぱり保健室なんです。

身長計もあります。

本もいっぱい。

性教育の教材も充実しています。

白澤さんは、養護教諭を定年退職後、自宅に保健室を作りました。それが川中島の保健室です。

開設して9年目ですが、今でも新しい訪問者がくるそうです。

HPでも毎月100回以上のアクセスがあります。

最近は、卒論の参考にしたいと尋ねてくる学生さんも増えたそうです。子どもの問題についてや、地域でどのように川中島の保健室が機能しているのかなどなど。東京、埼玉、横浜からも来るそうです。

そして、宿泊して行く人もいます。

宿泊した人は、ごちそうノートに思い出を書き込みます。美味しい食事、たくさんの対話、2冊目です。

最近の相談は不登校が多い。

少し前は、発達の凸凹に関することだった。

その他には

・精神に関すること

・高校生の性の相談

・大人の性の相談

・子どもの相談できているが信頼関係ができて来ると自分の相談をする人もいる。

 

毎月行っているお茶のみサロン

毎回15人ぐらいが参加。

近所の人が10人ぐらい毎回くる。その友達が5人ぐらい。

 

香港で行われた国際スクールナース学会に、白澤さんとご一緒したことがあります。

その際にも白澤さんが川中島の保健室の活動を発表しましたら、外国のスクールナースから、「私はあなたの発表が一番よかったと思う」と言われていました。ボランティアで!という点も海外のスクールナースをびっくりさせていたことを思い出しました。

 

「日本の交番と同じぐらい、地域に保健室があったらいいと思わない?」と私に話しかける白澤さん。

私には後光が見えました。

(中村会長)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



日本の中のフランスを探しに…(東京国際フランス学園)

スリッパメンバー5人で、国際フランス学園の学校見学に行ってきました。

日本に唯一のフランス人学校で、幼稚園から高校生まで役1300人もの園児・児童・生徒が通います。教員の9割がフランス人で、その他1割は日本語・ドイツ語・ロシア語などを担当するために多国籍の教員がいるとのことです。

なので、もちろん会話はフランス語。スクールナースの小園さんもフランス語が堪能です。

夏休み中ということで、子どもたちはいませんでしたが、日本にいながら別世界を体験しました。

 

スクールナース小園さんとの出会いは、「インターナショナルスクールスクールナースランチセミナー」でした。毎年6月に行われていて、主に関東にあるインターナショナルスクールのスクールナースの研修の場です。スリッパメンバーは約4年前からそちらにも参加させていただいており、小園さんに出会いました。

小園さんは養護教諭ではありませんが、その活動内容はまさに養護教諭が行うものと変わりないものです。

 

保健室は、小園さんと日本語堪能なフランス人ナースルシルさんの二人体制です。

保健室の場所は運動場に面しており、すぐに外に出られる場所に位置していました。緑が多くとてもさわやかな印象の保健室です。

 

まずは校内を案内していただきました。

校内を一歩入ると感じる異国感。そこはもうフランスなのです。(実際のフランスの学校に行ったことはありませんが…)まず驚くのが、校内の色彩。壁や掲示物が日本のそれとは違います。

 

 

また、階段の表示に違和感が。日本で言う、1階はこちらでは0階と表示されていて、1階ずれているんです。

 

 

幼稚園と小学校低学年は固定クラスがありますが、それ以上の子どもたちには固定のクラスがありません。自分の時間割に合わせて、教室を移動します。なので、休み時間や空き時間(高校生になると空き時間ができる)は各々好きなところで過ごします。

 

7週ごとに約2週間程度の休みが設定されているため、授業日は朝から目いっぱいだそうです。高校生にもなると、朝8:00~18:00まで授業があります。クラブ活動はありません。高校卒業時に受けるバカロレア対策もあり、高校生は勉強に追われる生活になり、心身ともに疲れ切ってしまう生徒もいるようです。

また、卒業式がなく、みんなでピザを食べて終わり、というのもところ変われば常識も変わる、というのを感じました。

 

小園さんの保健指導はフランス本国の方針に沿って今年から急遽始めるようになったそうですが、体に関することから心のことまで、フランス語の教材を自作して保健指導を行っています。子どもたちの興味を引くために、アニメキャラクターを使うなどして独自の教材を作成されているそうです。目の指導の際には、都内にある眼科関係の協会に借りるなど、活用できる資源を上手に活用されていました。

 

その他にも、たばこや薬物乱用防止教室に元アルコール中毒患者さんを招いて開催したり、エイズ感染のキャリアの方を講師に招いたエイズ教育をしたりするなどされているそうです。子どもたちの反応も大きいそうで、効果的な指導となっているそうです。

 

見た目が美しい事も去ることながら、はつらつとした性格、保健室を覗いていくフランス人教員とのフランス語での会話、精力的な保健室経営…どれをとっても簡単にはまねできそうもありません。まぶしく輝くような魅力を持った方でした。子どもたちにとってもその存在はいい影響を及ぼしていることでしょう。

 

小園さん、ルシルさん、今回は訪問させていただく機会をいただきまして、どうもありがとうございました。

(加藤)



いざ!中村会長の学校へ!

急に暑くなった7月初旬、我らが中村会長の保健室訪問を敢行しました。

突然の保健室訪問の依頼にも快く「いつでもいいわよ〜」との二つ返事でOKをいただき、早速訪問です!
  


今日はなんと、朝8時から午後3時まで一日たっぷり、さながら一日教育実習生の気持ちです。駐車場に着くなり、中村先生と保健室登校の子どもたちがお出迎えをしてくれました。嬉しい!

 

まずは、校内を一周しながら、各クラスの朝の会の様子を確認。朝の支度が間に合わない子どもの支援にさりげなく入っていきます。不登校傾向の児童の出欠も確認します。
続いて一旦保健室に戻り、5人いる(!)保健室登校の子どもたちの一日のスケジュールを確認。一人一人自分の目標がきちんとあり、この子はこの段階だから、こうするとはっきりしています。(この目標も本人、親、担任、養護教諭などで話し合って決めています)1時間目が始まると教室へ向かう子、保健室で過ごしたいと担任に伝えにいく子、保健室で工作を始める子、読書を始める子、一輪車に乗る子、過ごし方はそれぞれです。

一輪車!?
そう、一輪車に乗っている子どもがいるのです。驚きましたが、そこにもルールはちゃんと存在しています。体調不良者やケガ人が来たら、やめる。片付けしなければ使わせない。保健室登校を行うということは、特別支援が必要な子どもを預かるということ。その子の特性や状況に合わせた過ごし方やルール、今必要なことを個々に応じて調整していく。それは、一見、一般常識や集団活動の観点からはかけ離れてしまう場合もあるかもしれませんが、それが特別支援なのだという事を今更ですが理解しました。また、そのような状態が必要である旨はもちろん全職員に伝えられており、共通理解の下で行われています。


  

2時間目頃、不登校傾向の児童が登校しました。「よくきたね。」と笑顔で迎えます。家庭の事情で朝食を食べてこられません。すると、職員室横にある部屋に連れていき、朝食代わりの食べ物を出します。これは誰が用意しているのですか?と尋ねると職員の寄付なのだそう。食事を済ますと、そこにある水道には、歯ブラシセットが置かれており、歯磨きをしてから教室に向かいます。このことはもちろん保護者も承知しています。

 

しばらくすると、保健室登校の一人の子どもが「今日は頭痛がするからもう帰りたい。家でゆっくりしたい。明日から頑張る。」と訴えました。朝からの様子を見ている中村先生は、さっき友達とうまくいかなかったことが原因ではないか、と判断します。よく話を聞くと、「周りの子たちがうるさいから嫌だ。帰りたい。」と言い始めました。彼は2時間ほど泣いたり、怒ったりしていましたが、中村先生は冷静です。彼の感情に振り回されることなく、じっくり冷静になるまで待ち、話していました。
そして給食の頃には、すっかり元気に戻り、もりもり給食を食べて、昼休みは真っ先に運動場へ駆け出していきました。

 

昼休みも終わり、5時間目が始まったころ、運動場からヘルプ要請が入ります。素早く駆けつけ、対応し、別室で中立な立場で子どもに話を聞き、手早く事情を把握していきます。ここで指導の一つでも入れたくなるところですが、それは生徒指導担当や担任の役目。状況把握し、それを管理職と担任に伝え、養護教諭としての対応がないのであれば、保健室へ戻ります。

 

5時間目の保健室では、教頭先生が保健室登校の子どもたちに算数を教えています。中には集中することが苦手で、運動場に出てしまう子どももいます。その傍らで、中村先生は午前中にあった保護者との面談をまとめ、今のその子どもの段階を確認し、その子に合った目標と目標達成のための振り返りシートを作成していました。
他の子の振り返りシートも見せていただいたのですが、1年前の結果から見てみると、とても心が落ちついて毎日学校に登校できていることがわかりました。大きな目標ではなく、あくまでもスモールステップです。こうして、子どもの様子に変化があらわれていることが、中村先生がしていることの成果ですね。

保健室には保健室ボランティアさんが来て下さっていました。この方は保護者の方で、週に2〜3回数時間保健室登校の子どもと関わってくださいます。この方と子どもたちの関係は、親子でもなく、教師と児童というのでもなく、どちらかというと年の離れた兄弟や親せきに近い感じでした。こんな関係がまた、子どもたちにいい影響があるのだろうな、と感じさせます。

 

そして、あっという間に下校時刻。一日がこんなにも早く過ぎる経験はなんだか久しぶり。

 

一日、学校を訪問させていただいて、思ったことがあります。
いつまでも、学校はこうでなくては、保健室はこうでなくては、養護教諭はこうでなくては、と考えていてはいけない。子どもを取り巻く社会の状況が変わり、子どものライフスタイルが変わり、その健康問題もめまぐるしく変わってきている中で、求められているものが変わってきて当然。それは、学校によって変わるものでもある。中村先生の学校でやっていることを他の学校でもしなければならないのか、といえばそれは違うわけです。しかしその中で、私の仕事はこれですから、学校ではそんなことできません、なんて固執していてはいられない。そして、養護教諭としても発信はもちろん続けなくてはいけませんが、固執してはいけない。自分がやりたいことと学校の状況を踏まえた上で、できることは違う。その学校に必要なこと、求められることをフレキシブルに対応することやフレキシブルに対応しようと思うこと自体が今の社会に必要なのだな、と強く感じました。

 

少しでも時間が空けば、「何か聞きたいことあればどうぞ。」と忙しい中でもこちらに気持ちを向けてくださいます。常に笑顔で歯切れがよくてパワフル。今回の訪問では、こんな中村先生のことがさらに好きになってしまいました。

中村会長、お忙しいところありがとうございました。大変勉強になりました!

(加藤)
 



シンガポール訪問記(番外編)

シンガポールにはかつて住んでいたこともあり、あちこちぶらぶらとめぐってきましたので、ちょっと番外編〜。(|羈愽編はこちらhttp://ski.skill-ladder.com/?eid=374 ⊂学部編はこちらhttp://ski.skill-ladder.com/?eid=375 )

 

何度も見たはずのマーライオン、毎日通っていた道、なぜか久々に見るとすごく新鮮で、美しく見えて、住んでいた時はほとんど写真を撮らなかったのに急に写真を撮りたくなる。そんなことってないですか?ないです?ないものねだりなのでしょうね。

 

↓東南アジアでは当たり前でも、シンガポールでは珍しい、野生の鶏!(写真奥を歩いていますね)

 

↓これもたまに見る風景。危機感まるでなし。ベンチでお昼寝中のネコさん。

 

さて、知人のお宅を訪れた時のこと。とっても驚いたことがあるんです。その写真がこちら。

玄関を入ってすぐ横、大きなクローゼットですね…?それが違うんです。

 

扉を開けると、また扉が…。さらに開けると…?

 

はい、想像通り…物置…ではないのです。これ、なんと、『ボム💣シェルター』なのだそうです。扉が分厚い…。

そう、爆弾(核爆弾)の被害に遭った際に逃げるためのシェルターなのです。これがシンガポールでは法律で設置するように定められている、とのこと。古い建物にはまだありませんが、こちらのお宅は昨年建てられたHDB(いわゆる公団のようなマンション。シンガポーリアンの多くはHDBに住んでいます。これに対して、外国人はセキュリティーがより厳重なコンドミニアムに住むことが多い。)なので、このように作られているとのこと。でも、普段は使わないのでやっぱり物置として活用されていることがほとんどだそう。中にはTVケーブルも配線されています。

知人曰く、政府と国民の考えがどうもかけ離れている、とのことですが、政府はここまで危機管理を徹底しているのか、と驚いたのでした。

 

番外編おわり。

(黒田)

 



シンガポール訪問記(小学部クレメンティ校編)

シンガポール訪問記の第二回目は日本人学校小学部クレメンティ校訪問編です。(第一回中学部編はこちらhttp://ski.skill-ladder.com/?eid=374)

シンガポール日本人学校の小学部は2校あります。一つは空港にほど近いチャンギ校、そしてもう一つが今回訪問させていただいた、クレメンティ校です。

 

<小学部・クレメンティ校編>

クレメンティ校のお隣はシンガポール国立大学があり、文化的な雰囲気が漂う地域です。

児童数約800人。数年前と比較すると児童数がかなり増加しているとのことです。

いざ、保健室へ。

800人のクレッ子の健康管理を行っているのは、看護師の大里さん。常に微笑みを携えていらっしゃり、優雅な雰囲気を醸し出す方です。大里さんは日本で看護師をされていましたが、ご主人のお仕事の関係からシンガポールに移住されたとのこと。

 

クレメンティ校の児童について教えていただきました。

「人懐こい児童が多いです。転出入が多く、シャイな子どもたちも元気な子たちに感化されていい意味で、協調性が現れてきているように感じます。固定化されない人間関係であり、誰かが無理にシャイな子を変えようとするのではなく、自らが変わっていくと感じます。学力は高いのですが、運動能力は低いです。スポーツ教室に所属する子どもは多いのですが、塾通いをしている子どもが多く、日常的な運動が足りていません。体力テストも日本の平均を下回ります。」

やはり、中学部と同じ傾向にあるようですね。しかし、前向きに周りのお友達と積極的に行動する子どもたち、という姿が見えてきます。

 

何といってもこちらの訪問で驚いたのが掲示物!この方の作成する掲示物がすごいのです!!

 

ご本人曰く、「自分でもこんな才能があるとは思っていなかった。」そうなのですが、手芸の才能を生かし作成された掲示物の数々!そして、犬のイラストは、大里さんの愛犬イブちゃん。イブちゃんのイラストはなんとワードのオートシェイプ機能を駆使して作成(三角や丸や台形などの形を組み合わせてグループ化して作る)したのだとか。もう、底なしの才能に舌を巻きます。

さらに、それぞれの掲示物には、引っ張ったり、動かせるなどの仕掛けがしてあるものも多く、楽しみながら児童が知識を増やしていけることでしょう。

最後の写真のフェイススケールは、ご自身が看護師をしていた頃にがん患者さんに使用していたものを応用しているそうです。十分に痛みの程度を児童から引き出すために作成されたとのことでした。

多くの工夫が光ります。あまりの完成度の高さとアイディアに鼻息荒くしながら、写真を撮らせていただきました。(すべてをお伝えできないのが悔しい…)

 

ふと机を見ると、顕微鏡が…。これは何ですか?とのぞかせていただくと、シラミが見られるようになっていました。シンガポールでは、医療費が高額なこともあり、確実にしてから保護者にお知らせしたいとの思いからとのことです。丁寧なお仕事ぶりがうかがえますね。

 

特に海外の学校であることを感じさせたのは、英語併記の書類があること。野外活動や修学旅行などで大里さんが引率する際には、保健室にシンガポーリアンの看護師さんが臨時に勤務してくださるそうで、その方にもわかるように、作られているものがあります。

 

大里さんの勤務する上でのモットーは「自分が楽しく!」。まさにその通りをうかがわせる掲示物の数々。日本で看護師を退職するときには、二度と看護のお仕事をすることはないと思っていた、そうですが、こうして日本人学校の保健室で勤務することになるとも、掲示物づくりに得意な手芸が生かさせることになるとも思わなかったから、人生どうなるかわからない。とおっしゃっていたことが印象的でした。

なんだかもっともっと人生について相談したくなる、みんなを優しく包み込むような方でした。お忙しい中、どうもありがとうございました。

 

次回はシンガポール訪問記H岾以圓鬚送ります。お楽しみに。

(黒田)



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